最近、マイナ保険証やマイナカードの件で、医療現場の仲間やSNS上でいろんな意見が交わされているのをよく目にします。
「患者さんの利便性や医療の効率化のために、早く切り替えるべきだ」
そう言ってくださる医療従事者の先生方や仲間の情熱や優しさ、現場を良くしたいという想いも、私は心から理解していますし、心から尊敬しています。
私自身、薬剤師として長く医療の現場に身を置いてきましたし、
今でも大切に想っている信頼できるドクターや仲間がたくさんいます。
だからこそ、その「正しさ」を否定する気持ちはまったくありません。
でも同時に、私個人としては
「マイナカードを持たない・切り替えない」
という選択をしています。
「なぜ全員が同じ選択をしなくてもいいと思うのか」
「なぜ返却という道を選んだのか」
今回は、争うためではなく、私という人間が何を大切にして生きているのか、
その思いを少しだけ書き起こしてみようと思います。
① 3.11の現場で知った「究極のセーフティネット」
私がこの考えに至った大きな原点の一つに、15年前の東日本大震災(3.11)での体験があります。
あの大混乱の中、停電が起き、通信が遮断された医療現場で、レセコンもカルテも使えなくなりました。どれだけ優れたデジタルシステムも、電気と通信が絶たれた瞬間、ただの箱になってしまうという現実を目の当たりにしたのです。
そんな過酷な状況下で、私たちが患者さんに命を繋ぐ常用薬をお渡しできたのは何だったか。
それは、3人の薬剤師と優秀な医療事務さんの「記憶」でした。
紙薬歴を通じて五感で脳に刻み込まれていた記憶と、現場の人間同士の絆を持ち寄ることで、「誰が何という薬を何錠飲んでいたか」を正確に呼び起こし手渡すことができたのです。
平時の効率化においてデジタルの力は絶大です。
けれど、極限の有事において最後に命を守るのは、人間の血の通った記憶や知識、そして紙という原始的で頑丈なアナログの記録です。
だからこそ私は、「すべてをひとつのデジタルシステムに依存させるリスク」に対して慎重でありたいと思っています。
② 自然界が教えてくれる「分散」と「多様性」の強さ
人間もまた、大きな自然の一部であり、地球という生態系の中で生きる生き物の一種です。
自然界や他の動植物の生き方を観察していると、ひとつの生き方やシステムに全員が従うことはありません。
大雨や干ばつ、天変地異が起きたとき、同じ種の中でも「違う行動をとる個体」が一定数いるからこそ、その種全体が全滅せずに生き残ることができます。
もし地球上のすべてが1つの集中型システムに依存してしまったら、そこにたったひとつのバグや障害が起きたとき、全体が途絶えてしまいます。
- システムに乗って全体を円滑に動かす役割
- あえて一歩引き、アナログな選択肢や別のルートを保持する役割
宇宙や自然の理から見れば、この「多様性」と「分散」こそが、どんな危機にも耐えうる全体の強靭さ(レジリエンス)を作っているのだと感じます。
③ 違う世界線にいても、目指す未来は同じ
私は、デジタル化を進める方々と、私のようにアナログな軸を大切にする人間は、戦う相手ではなく
「お互いを補い合う別の世界線にいる仲間」
だと思っています。
現場の負担を減らし、医療過誤を防ごうと奔走する先生方の「愛」。
自分の身体や人生の決定権を守り、有事の分散リスクヘッジを担おうとする「信念」。
出発点やアプローチが違うだけで、根底にある「命や暮らしを大切にしたい」という想いは同じはずです。
誰かが誰かに自分の正義を強要する必要もなければ、不毛な言い争いをする必要もありません。
違っているからこそ、システムが倒れたときに助け合えるかもしれない。
お互いの選択を尊重し合えるあたたかい社会であってほしいな…
と、切に願っています。
自分と違う選択をしている人にも、それぞれの愛と理由がある。
私はこれからも、自分の経験と美学に基づいた選択を大切にしながら、周囲の皆さんへの感謝を忘れずに歩んでいきたいと思っています。

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